2008年4月30日水曜日

こんなのわかるわけないよ

エヴァンゲリオンの残りを鑑賞。

NEON GENESIS EVANGELION vol.03
NEON GENESIS EVANGELION vol.04
NEON GENESIS EVANGELION vol.05
NEON GENESIS EVANGELION vol.06
NEON GENESIS EVANGELION vol.07
NEON GENESIS EVANGELION vol.08

・・・。理解が追いついていない。

初期の頃からシンジをはじめとする登場人物たちの心の葛藤は描かれていたものの、全体としては使徒の正体とか、エヴァンゲリオンの秘密とか、人類補完計画の謎とかがだんだん明らかにされていく流れを主軸に置いて話が進んでいくのかと思いながら見ていたのだが・・・。こんなのありか。

とはいえ、個人的にはまったく批判的というわけではなく、いくつかの気になるシーンとかについて、あれは一体何だったんだろうかと考えてみるのもまた楽しかったりする。

そうはいっても、何から考えればよいのやら。

とりあえず気になるのはやっぱり碇ゲントウの心中。その他の主要な登場人物たちは、どこかしらで一人称の形でその人の心中が描かれていたと思うのだが、すべての鍵を握る人物である碇ゲントウについては、それがなかったと思う。

DVDは続きの映画分の9巻と10巻があるので、まずはそれを見てしまおうか。

2008年4月29日火曜日

emacsのフォント

ubuntuを8.04にした後、アンチエイリアス化されたemacs23をインストールしようと思い、googleで諸先輩方の足跡をたどりつつ色々やってみる。

主に参考にさせたいただいたエントリ
http://hdotunclipped.blog99.fc2.com/blog-entry-146.html

半角フォントは綺麗になったのだが、日本語フォント(IPAモナーフォント)が細い字のまま。何が違うんだろうかと設定ファイルを書き直してみたり、インストールし直して見たりするも、状況は変わらず。
そもそもやっていることを真似ているだけで、何をやっているのか分かっていないのが駄目なんだろうな、と思いつつ。

行き詰まってきた矢先、8.04に変えたらemacsのIPAモナーフォントがひょろひょろになったとの記事を見つけた。

http://d.hatena.ne.jp/subuntu/20080426

なるほど。emacs側の話じゃなくて、8.04の話だったわけか。

こちらのエントリを参考にさせていただき、VLゴシックにしてみたところ、確かに綺麗なフォントになった。感謝。

さて次はemacsの基本的な使い方を覚えていかないと。

altでアプリケーション終了・その2

altキーだけでアプリケーション終了になってしまった件。
とりあえずキーボードショートカットで、「ウィンドウを閉じる」の割り当てを「alt+F4」から「shift+F4」とかにしてみたらとりあえず回避できた。
常にF4押下状態になってしまっているのだろうか。

altでアプリケーション終了

ubuntuで、altキーを押しただけでアプリケーションが終了するようになってしまった。
alt+f4と同じ挙動をしているのではないかと思うのだが、alt+何かの操作をしようと思っただけでアプリが終了してしまうので不便。
いつからこんなことになったのか分からなくて気持ち悪い。

2008年4月27日日曜日

トランスフォーマー

トランスフォーマーを見た。

とにかく変身(?)するところが、カチャカチャとめまぐるしく生き物のように動いて形が変わっていくのでおもしろい。あの変身シーンは見ていて爽快感がある。ただ、車がロボットに変わるシーンとかを見ていて、車を構成している部品だけであのロボットになるということまで考えられているのかどうかというのが何となく気になった。タイヤとか、ボディの一部は確かについていたようだけど。

見ているうちに、ストーリー展開がいまちょうど見ているエヴァンゲリオンとかぶる部分が多い気がしてきた。まさにちょうど見ていた所なので、そう感じる部分が多いのかなと思ったのだが、見終わってからちょっと調べて見ると、エヴァンゲリオンとトランスフォーマーを並べて話題にしているサイトが結構あって、やっぱり一般的にそう思うものかと思った。

たまたま同じ時期に見たり読んだりした二つのものに、意外な共通点があったりすると不思議な感じがしておもしろい。

2008年4月26日土曜日

桜の香り

先週。高遠城址に桜を見に行った。

桜はピークを過ぎてはいるようだったが、風が吹くと桜吹雪がおこってとてもきれいだった。

桜の香りがしないものかと立ち止まってクンクンと嗅いでみるものの、香りは感じられなかった。時々一瞬だけ桜の香りがするような気がすることがあるものの、それもすぐに終わってしまって、しかも屋台で売っている桜ソフトクリームを食べている人が回りにたくさんいる状態で、それが本当の桜の香りだったのかもよく分からなかった。

本物の桜の香りを初めて感じたのは数年前。近くの神社で桜が満開になったので見に行ったとき。天気がよくて、あたりに誰もいなくて、桜を見上げてきれいだなあと思っていたところに、ふっと空気が動くくらいの微風があって、ふわっと桜の香りがした。
それまでは桜の香りというのは桜餅とか桜ソフトクリームとかでしか感じたことがなかったので、それと同じ香りが実際の桜の下で香ってきたので、桜って本当にこういう香りなんだと思ってちょっと感激した。

それからは桜を見に行った時にはあの香りを期待するのだが、なかなか香ってこない。花に鼻を近づけてクンクンと嗅いでも何の匂いもしなくて、空気に乗って流れてくる香りは何かの勘違いなのではないかという気すらしてしまう。

で、桜の香りについて何か書いたものはないかと思って検索して見たところ、下記で桜の香りについて説明されていた。

http://blogs.yahoo.co.jp/soins_aromatherapiemed/22004528.html

なるほど。葉っぱの中に香りの成分が入っているので、お花見では香りは感じないのか。
でも確かにあの時は感じたんだけど。と思ってもう少し探してみると、

http://tabasa.blog32.fc2.com/blog-entry-614.html

確かにふわっと香りがしたという人もいたりして、やっぱり空気中に少し出ていた香りが、微妙な空気の流れでちょうど鼻のあたりに持ってこられた時に微かにすることがあるのだと思う。

桜の香りを感じたい場合は、風のない晴れた日に、あんまり人がいない桜の下で、少し待っていると、運が良ければふっと感じることができるのかもしれない。
今年はもう遅いけどね。

そういう微かな香りがするということを知っているのといないのとで、桜に対する印象が結構変わってくると思う。

碇はイカリと読むと初めて知る

今になって初めてevangelionを見ている。
これまでは特に興味がなかったのだが、少し前にMTVで宇多田ヒカルのbeautiful worldのPVが何度も流れているのを見ているうちに興味が出てきた。その曲が使われている映画を見ようかとも思ったものの、何となく最初の作品を見てみたくなってDVDを借りてきた。

NEON GENESIS EVANGELION vol.01
NEON GENESIS EVANGELION vol.02

とりあえずDVDのVol2まで見た。

日常的に平和なぬるい生活を送っていると、たまにこういう極限的な状態で宿命的に戦わなくてはならない状況の人たちの話を見ると、フィクションであってもなんかちょっと何もしていない自分が恥ずかしい気がする。とか考えるのは私だけ?
でも初期段階の碇シンジの恐れと甘えは見ている側の人のそういう気持ちを結構とらえているんじゃないかという気もした。

後は、踊る大捜査線がこのアニメの演出などのパロディになっていたのを初めて知って驚いた。音楽とか、手続きに戸惑う官僚のシーンなどは、ほとんどそのものといっていいほど。
ちょっと調べて見たところ、エヴァが1995年、踊る大捜査線は1997年。エヴァンゲリオンはかなりブレイクしていたので、それを見ていた人は踊る大捜査線をそういう意味でも楽しめたということか。
食わず嫌いをしていると、こういうところでもったいない思いをするのかも。

ubuntuを8.04 LTSにアップグレード

8.04がリリースされたとのことでさっそくアップグレード。
「システム」→「システム管理」→「アップデートマネージャー」
で簡単にアップグレードできてしまった。
さすがubuntu。

2008年4月23日水曜日

日誌とブログ

スーパーエンジニアへの道―技術リーダーシップの人間学を読んでいたら、日誌を書きましょうということがかかれていた。

最近だとblogを書きましょうということになるのだろうか? この本では、自分についての記録を正直につけておき、後でそれを見返すことによって新しい発見につながるというようなことが書いてある。
blogは公開されるものであるから、この様な目的で使うことができるかどうかは結構難しい。誰かが見るかもしれないからこれは書かないでおこうとか、ちょっと見栄えがするようにこういう風に書いておこうとか、考えないようにしてもつい考えてしまいがちである。

最近、いろんな本でブログを書くことの重要性が書かれているが、多くは誰かに向けた発信を考えるという趣旨で、誰かにものを教える中で自分の知識を確かなものにしていくという要素が強いようである。

そう考えると、この本で書けと言っている日誌とはやっぱり違うものということになる。

ローカルのファイルに誰にも見せないログを残していくのがいいのかも。

#このブログに関しては、公開していても誰も見ていないんじゃないかと言うことは置いておく。

2008年4月20日日曜日

もうずっと人大杉

11人でも12人でも13人でもどうでもいい。

オーシャンズ13を見た。すでに仲間たちの人数は把握してないけど。

映像の色彩が綺麗。どのシーンもデスクトップの壁紙にしたいくらいクールで美しい。
このシリーズの中では一番気に入った。

恥ずかしながら、この作品の監督が、昔見たセックスと嘘とビデオテープと同じソダーバーグ監督とは最近までしらなかった。何というか、こんな華やかな作品を撮る監督というイメージがなかったもので。

アートがおもしろいかもしれない

現代アートビジネスを読んだ。

アートについてはほとんど知識がない。気に入ったものについては多少調べたりして画集を買ったりしてみるものの、実物の作品を買ってみようという気にはなったことがなかった。

奈良美智は割と好きで、深い深い水たまりという本を持っている。村上隆は作品は何となく見たことあるという程度で、どんな人なのかはよく知らない。
たむらしげるの作品が好きで、作品展には結構行っていた。小さなギャラリーで開かれているものに行ったりもした。作品展で値段がついているのを見かけたこともある。確か数万円〜数十万円。学生の時には高すぎる印象だったのだが、今であれば買ってしまったかもしれない。

と言う程度。

この本を読んで思ったことは、

・ギャラリストなる職業が存在することを初めて知った。
・絵(アート)を買うということがどういうことなのかがちょっと分かった。
・アートが投資の対象としてだけ見られてしまうような状況になることを著者は批判的に見ているが、やはり市場で売買されるものである以上、そういう要素は避けられないようでもある。
・小さい時から好きなもの、ことを貫いている人というのは、やっぱり魅力的。

というあたり。

この本ではアートというものを映像や音楽とは別の、コピーが不可能な作品として実物が存在するものという位置づけで書いている。
そうなると、イラストレーターなどを駆使して作品を作るアーティストというのはどういう位置づけになるのだろうか。
そもそも作品として作っているものが複製可能なデータという形でしか残らないアーティストがいてもおかしくないと思うのだが、そういった人の作品が市場でどう扱われているのかということが少し気になった。

この本に出てくるアーティストについて、私はほとんど知らなかったので、ちょっと調べてリンクを残しておく。とりあえず気になって調べてみた辺りから。

[ギャラリー]
Tomio Koyama Gallery - 著者:小山登美夫氏のサイト
SHUGOARTS
西村画廊
白石コンテンポラリーアート


[アーティスト(Googleイメージ検索)]
ジャスパー・ジョーンズ
アンディ・ウォーホル
村上隆
ジェフ・クーンズ

そのアーティストの作品を見るためにgoogle検索を使うのはいい考えかと思いしや、そうでもない場合もありそうなのでとりあえずこのくらいにしとく。
後でもう少し増やしたい。

[購入]
タグボート

風呂洗いに重曹を使い始めた

少し前から風呂洗いに重曹を使い始めた。それまではバスマジックリンを使っていたのだが、体にも環境にもやさしそうな重曹に変えてみた。
体の面だけ考えると、バスマジックリンもよく洗い流せばよいのではないかと思うのだが、何となく肌が弱い人にとってはそういう強力な化学洗剤は避けた方がよいような気もあった。

重曹で洗ってみた感想としては、泡は全然立たないものの、こすって水で流した後のキュッキュ感(?)は結構いい感じ。匂いも全然ないので、洗い終わったときにさっぱり感があって、使い心地としては悪くない。体と感想にやさしいはずだという気持ちのよさもあるかもしれない。

でも、重曹って一体なんだか、実はよくわかっていなかったので、ちょっと検索してみたところ、おもしろいサイトが見つかった。

ニセ科学と石けんの諸問題・重曹の科学と重曹電解水について
http://www.live-science.com/sci/juso/index.html

これを読まなかったら、まさに重曹は万能なイメージを持ったままになってしまっていたかも。重曹はアルカリ剤として有効に利用できるものだが、誇大広告されているものが結構あるようだということが分かった。
あと、界面活性剤についても、環境に悪そうというイメージを持っていたのだが、一概にそういうことではないということも分かった。

アトピー本で出てきていた電解水についても触れられていて、野菜をひたしておくと残留農薬が抜けるとか、これで米を炊くとよいとかいうのが科学的におかしいということが書かれていたりと色々参考になった。

何はともあれ、ものを知らないと言うのは恐ろしいというのを改めて思った。アトピー治療にしても、電解水にしても、手を出す前に周辺知識を押さえてからにすることが大事だと思う。

とりあえず、このサイトの中に出てきていた、イオンが好きになる本―もう化学は、つらくない! (ブルーバックス)は後で読んでみたいと思う。

ペットボトルのおまけのことで気になっていること

ペットボトルにおまけがついているものが最近多いが、そのおまけが私にとって魅力的なものであることがほとんどない。

その場合、そのおまけがついているということでその商品を選ぶことを止めてしまうことが時々ある。これはおまけをつけることによって売れる機会を逆に失ってしまっていることになるが、私のように止める人はそれほどいないのだろうか。おまけに魅力を感じてその商品を選ぶ人の割合の方が多いことは確認されているのだろうか。それがちょっと気になる。

あと、おまけがついている商品がどうしても飲みたい場合には、やむを得ず買うのだが、おまけの方はすぐに捨ててしまうことも結構ある。この場合は、今度は逆に余計なゴミを出すことになってしまい、環境問題などから余分なゴミを出すことが問題になる最近の風潮に会わないのではないかと言うのも気になる。

同じ商品について、おまけをつけたものとつけないものを並べるという気が利いた店もあるようなのだが、飲料メーカーがおまけの数を絞って小売店に渡しているのか、おまけなしの分については小売店側で処分してしまっているのかもちょっと気になる。

2008年4月17日木曜日

ubuntuでタッチパネルの使い勝手を設定

まずはタッチパネルで回転スクロールを設定。
以下の記事でできるようになった。

http://gihyo.jp/admin/serial/01/ubuntu-recipe/0012?page=1

記事によると二本指スクロールにもできるらしい。Let's note R4の小さな丸型タッチパットだと二本指スクロールは微妙そうなのでやっていないが、macの二本指スクロールには興味があったので、大きめのタッチパットが使えるときにぜひ試してみたい。

続いて、thumbsenseのような使い勝手を実現。

thumbsenseのlinux版がどこかにあるのではないかと思って探したが、見当たらなかった。で、代替手段として下記記事が見つかったので、こちらの方法を使うことにしてみた。

http://wikiwiki.jp/disklessfun/?thumb-like-x

thumbsenseと使うキーの位置が違うので、どうだろうかと思ったのだが、「無変換」ボタンが左クリックは右手の親指で押せるのでなかなか快適。

ubuntu環境がまた一つ使いやすくなった。

2008年4月15日火曜日

[ubuntu] Let's note の明るさ調整

Let's note R4にubuntuをインストールして使っているのだが、
画面がどうも暗くて見えにくかった。
Fn+F1/F2の明るさ調整が効かないので少し調べて見たところ、
Let's note用のホットキードライバがあることが分かったので、
さっそく入れてみた。

http://www.netlab.cs.tsukuba.ac.jp/~yokota/izumi/panasonic_acpi/

ドライバ本体をダウンロードしてtar.gzを解凍し、INSTALLファイルの中身にしたがってコマンドを実行したところ、すんなりホットキーによる明るさ調整、ボリューム調整ができるようになった。

すばらしい。

2008年4月14日月曜日

おちこぼれ

ビジネスマンのための「数字力」養成講座を読んでいる。

全然自慢できることではないが、私の数字力はかなり低いと思われる。自分の行っている会社の利益もよく分かっていないし、新聞やニュースで数字を見かけても全然反応できない.
これが分かるようになれば考え方が違ってくるのではないかと思い、この本を買ってみた。

で、演習をやっているのだが、推論できるはずと言われても、全然検討がつかない。把握力がないためだろうか。

・わが国の1年間の書籍の売上高は?
本1冊あたり平均1000円とする。
一人当たりの年間購読数が20冊くらい
国民の数は約1億2000万人
1,000 * 20 * 100,000,000 = 2,000,000,000,000 = 2兆円

答えを見ると…

推定9026億円

…全然違う

仮に1冊あたり1000円と言うのがあっているとすると、
一人当たりの年間購読数は7.5冊くらい。
そんなに少ないのか、一冊あたり1000円と言う仮定が全然違っているのか。
あるいは計算の仕方が根本的に間違っているのか。

うーん。

Let's note R4入手

Lets note CF-R4を中古で入手。

普段はThinkPad T60を使っているのだが、いつでもどこでも使えるような小さくてバッテリが持つサブPCが欲しくなって中古で購入。

キーボードが使いにくいんじゃないかと心配だったのだが、そうでもなさそう。いくつかのブログでもかかれていたように、キーを打つ時の手の動きが少ないので楽であることも確か。こちらに使い慣れてきたら、こちらがメインになってしまうかも。

後、手狭なスペースでPCをするときにすごく便利。住宅事情(?)により、ThinkPad T60を置いてしまうとほとんど残りのスペースが確保できない場所でPCを使うことが多いのだが、R4だと隣にノートを置いても使える。ちょっと紙に書いて考えながら使うという時にも便利。

さっそくubuntuをインストールしてみた。ubuntuだとバッテリ管理が弱そうな点だけが少し心配。

2008年4月13日日曜日

社員の話も聞いてみたい

「残業ゼロ」の仕事力を読んだ。

とにかく残業を悪とし、仕事にデッドラインを決めて、決められた時間内に効率的に業務を行わせるというもの。結構厳しいことを要求しているようでもあるが、これだけしっかり方針を打ち出して部下を成長させてくれるトップというのは素晴らしいのではないかと思った。

残業が当たり前のようになってくると、これは残業で対応すればいいやという考えが出てくることがあるのは事実。業務のやり方に改善の余地が残されていそうな状況なので、何とか残業ゼロで成果が出せるようになっていきたいものである。

ただ、やはりこの本を読んで思ったことは、トップが引っ張ってくれるのは羨ましいということである。自分が組織のトップでない場合は、チームなどの小さな単位から始めれば良いとかかれていたが、自分が底辺の場合にはどうすれば良いのだろうか。
自分の仕事にデッドラインを決め、集中して仕事を行う時間を決めてその時間には集中して取り組んで行くということから始めたいと思ったのだが、意志の弱さからそれができていない場合はどうすれば良いのだろうか。

意志が弱いのがダメなんだと言われてしまえばそれまでだが、そもそもこの本にかかれた施策が必要になったのは、やはり一人一人の意志が弱いからという面もあり、トップダウンで強制力を持って実行されたからこそ成功したということが大きいのではないか。

とりあえず、この施策を実際に体験した社員の人の話も聞いてみたいと思った。

2008年4月11日金曜日

皮膚についてちょっと詳しくなった気分

皮膚の医学―肌荒れからアトピー性皮膚炎まで (中公新書)は専門用語が多く、私には理解できなかった部分も多いが、できるだけ平易な言葉で説明されていて、また、著者自身の体験などのエピソードもおもしろく、よい本だった。

皮膚の病気にかかったことがある人や、その家族で、皮膚科の先生の言うことを何となく聞いていたので実はあまり自分の病気や皮膚のことを知らないという人は読んでみるとよいと思う。

アトピー関係の話は第八章にかかれているが、こちらも短い章ながらその他のアトピー本でおさえられていることがきちんとまとまっていて良かった。
アトピー性皮膚炎にはステロイドを利用した治療方法が必要としながら、きちんとステロイド皮膚症についても触れられ、未熟な皮膚科医により誤ったステロイドの処方がなされてしまったケースについても説明しているので信頼できる印象がある。
(他の本では、ステロイド皮膚症やリバウンドなどは杞憂とだけかかれているものもあって、確かに正しい治療が受けられていれば問題はないのだろうが、そういう症状に苦しんだ人の体験談もある中、単に心配ない、大丈夫といわれるのもまた不安があるので。)

ただ、やはりよく分からないのが、「ある程度強い」ステロイドを「長期間にわたり」使用しつづけたことで副作用が出たなどの表現である。
具体的にどのくらいの強さのものをどのくらい使用したのかがかかれていないと、長期間の尺度がまったく読めない素人としてはモヤモヤ感は残る。

2008年4月10日木曜日

患者の気持ちと医者の言い分

皮膚の医学を読んでいる。割と読みやすい文章なのだが、専門用語がたくさん出てくると頭に入ってこなくて、よく分からずに読み進めている部分もある。

脱毛症の治療にステロイドが使われているらしく、しかも内服薬など結構強力なものを使うらしい。副作用に注意して服用する必要がある、とある。
外用薬に関しては、「ニキビができる程度の副作用しかないので安心して使用できる」とある。

アトピーとニキビで苦しんでいる人もいるのに…、と思ったが、この本の参考写真の例を見ると結構症状の重い方のものが多く、本当に重度の患者さんをたくさん見てきているお医者さんの視点から見ると、顔にニキビが増えたくらいはどうってことないと思うのかもしれない。

何となく、ファイト・クラブの主人公が不眠症で苦しいと医者に言ったら、「睾丸癌患者の会に行け。あれが本当の苦しみだ。」というようなことを言うシーンを思い出した。

本当に重度の患者さんの例を出されると、自分の症状くらいで愚痴を言うべきではないんじゃないかと思ってしまうかもしれない。でも、本人の悩みという点では、もっと重度の人もいるんだからと言ったところで解決するものでもない。というのはわがままだろうか。

2008年4月8日火曜日

テトペッテンソンの原曲

みんなのうたでやっていたテトペッテンソンの原曲があるというのは知っていたのだが、その曲が入っているCDを発見。
Le Beau Tambour : Henri DES
iTunesでも買える。

ほかの曲も結構良い感じ。テトペッテンソンが好きな人はCDを買っても損はないと思う。

レイトショーの効果

少し前の話。
TSUTAYAで追悼のざわめきを見つけてびっくり。まさかレンタルビデオ屋で出くわすとは思わなかった。

この映画を初めて見たのはもう8年くらい前。東京の中野武蔵野ホールのレイトショー。

独特の映像世界の映画で、ちょっと細い路地に入ったところにある映画館のレイトショーということもあり、場所的にも時間的にも映画と現実の境目をわかりにくくするみたいな雰囲気で、見終わって映画館を出ても映画の世界に浸れて良かった。
後からこの映画についていろいろ調べてみたのだが、そのときに確か監督の言葉として、「映画館に足を運んでくれる人がいる限りビデオ化しない」というようなものを見かけて、「映画館で映画を見る」という行為そのものも含めて演出しているのではないかという印象を持ったのだが。

なんとそんな映画にTSUTAYAの店頭で出くわすことになるとは。良いんですか監督。
といいつつ、テンションがあがってきて勢いで借りてしまった。が、リビングで見る気がしなくて結局そのまま返してしまった。

最近は映画をレンタルしてリビングのテレビで見る機会が増えてきた。さらにはiPodに入れて見ることも。ドラマの延長のような映画ならともかく、映画館で上映されることも含めて作品というような映画もあると思う。古い映画をどんどん上映しているような映画館が近くに欲しい。

寺山修司の書を捨てよ町へ出ようなんかも、レイトショーでみたいかも。

2008年4月6日日曜日

そりゃあアンタには出来るかもしれないけどさ

茂木健一郎氏の脳を活かす勉強法を読んでみた。

どういう経緯で出版された本なのか知らないのだが、講演などで話した内容をテキスト化したのではないかというようなライトな感じの本。
内容的にも、それはそうかもしれないけど、それができれば苦労はない、というものが多い気もするし。
失礼な言い方だが、こんな本でも出せば売れる人になってしまったのかという気もしてしまった。

嫌われ松子

嫌われ松子の一生を見た。

主人公はものすごく不幸なのに、ものすごく魅力的に見え、シーンの展開もおもしろく、所々にコミカルなシーンもあり、見終わるとすがすがしさが残る不思議な作品だった。

最近は邦画ではドラマの延長的なものしか見ていなかったので、久しぶりに素敵な邦画を見た気がする。中島哲也監督の他の作品も見てみたいと思った。

途中にあった、玉川上水→水が少なくなってきていると男に言われる→男は理髪店経営→奥さんを交通事故で亡くしている→髪を切ってもらう→その晩は男のところに泊まる、という展開は、昔テレビドラマでこのまんまの内容を見たような憶えがあり、映画の中でもそれを示唆するようにこの部分は軽快に流す感じで語られるのだが、元ネタが何であったか思い出せない。

2008年4月4日金曜日

フリーズしてる?

タイヤを冬用からノーマルに交換した。
少し前までは自分でやってもらっていたのだが、最近はすっかりディーラーさんにお願いするようになっている。やっぱりプロにやってもらった方が安心だし。

ディーラーに行く前に本屋さんによって、いくつか本を買った。その中の一つがフリーズする脳―思考が止まる、言葉に詰まる (生活人新書)である。

読んでみると、自分に当てはまる部分が多々ある。仕事ではPCに向かっている時間がほとんどなのだが、最近はふと気づくと何も考えない放心状態になっていることが多くなっている。

本を読んだり、プレゼンを聞いたりして、その後にその内容を誰かに伝えるときなども、まず何を言えばよいのか、分からなくなることが多い。
どんな内容だった?と聞かれても、すぐに答えることができない。

実はこの本を読む前に、脳が冴える15の習慣―記憶・集中・思考力を高める (生活人新書)も読んでいるのだが、実践した方がよいのだろうと思いながらもなかなか実践できていない。

そろそろ真剣に考えていかないとまずい気もする。
まずは朝に起きる時間をちゃんと決めよう。

アトピー本

家族にアトピーの人がいるのだが、それにしては私はこれまでアトピーに関して無関心過ぎた気がする。皮膚科の先生が言うことを守っていれば大丈夫なんじゃないかと言う程度のアドバイス(とは言えないですね、これは)しかできないのは情けないと思い、アトピーについての本を読んだ。

最初に読んだのが、恋するアトピー。登場人物や団体などは架空のものらしいが、内容は著者の実体験に基づいたノンフィクションらしい。たまたまブックオフで見つけ、買ってみたもの。

ステロイドへの不安、あまり説明もなくステロイドをどんどん処方する皮膚科医への不信感、ステロイドリバウンドの恐怖、脱ステロイドから民間療法へ進んで行く主人公の心理が、身近な人の心境と重なって読んでいてとにかく人ごとではなかった。

この本を読み終わり、ステロイドへの不信感が強まったものの、結局決定的な治療方法がなさそうな雰囲気を感じ、この本の主人公のように、まずは環境や食事を改善し、症状が出ないようにしておくことが大事なんだろうと考えた。

が、引き続き、竹原和彦氏の間違いだらけのアトピー治療 (新潮新書)アトピービジネス (文春新書)を読んで今度はそれと反対のことを言われ、また衝撃を受けた。

こちらの本ではアトピーはステロイドを正しく利用することにより治療できるものであるということが明らかになっているにもかかわらず、ステロイドを誤って使うことによる副作用や症状悪化の脅威を強調することによりステロイドを悪とし、ステロイドを止めさせ、変わりに科学的根拠がない治療法を高額で施して利益を上げるアトピービジネスなる市場が存在するということが説明されている。

そしてこちらの本では、恋するアトピーで主人公が脱ステロイド後に出会ういくつかの民間療法と同じものがアトピービジネスの実例として上げられている。

異なる立場から書かれた本を読んで戸惑ってしまうが、アトピー治療に関する見解は、竹原氏の本の内容の方が説得力は断然高く、納得も行くものである。

でもこれでは恋するアトピーの主人公はある意味アトピービジネスの被害者ということになってしまう。こんなひどいことはない。

あと、まだすっきりしないのは、ステロイドの副作用について。どのレベルのものをどれくらい使うとどういう副作用がでるのか、というあたり。竹原市の本では、外用薬では副作用の危険性はかなり低いというような印象だったが、どこまで使うとどうなるのかが分からないと、現状が大丈夫なのかが分からなくて不安も残る。
ただこの辺は、薬を処方している皮膚科のお医者さんにちゃんと説明してもらうのが重要なんだろうけど。

とにかくもう少しこの手の本を読んで全体を理解する必要がありそう。あと、民間療法でよくなるケースについて書かれた本は、あくまで一例ととらえておいた方が良さそうと感じた。ある民間療法で快方に向かう経験をした人が少しでも存在すれば、その療法について、「○○でアトピーが直った!」という本が書けてしまうということに注意する必要がありそうだと思う。

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内容的にはまったく関係ないが、このあたりは、お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践 (光文社新書)に書いてあった、自己流の方法でたまたま株で稼げた人が、「あなたもこの方法で稼げる」という本を書けてしまうという話に似ていると思った。

2008年4月2日水曜日

ビジネス書を読むってことは

人の話を聞くということなのではないかと、最近は考えるようになった。

最近まで、ビジネス書、自己啓発書の類は何となく避けていた。読書といえば小説を読むべきで、小説をたくさん読み、自分で色々経験すれば、ビジネス書に書かれているようななんというか何かに対する答えのようなものは、自分の中から沸き起こってくるものであり、またそうあるべきだという考えがあり、そういう本を読むことは最初から問題の答えを見るのと同じことなのではないか、という考えがあったためだと思う。

この考え自体は今でも変わっていない。

でも、この手の本は小説のように味わって読むようなものではないものの、経験豊富な人々の話を聞くという意味で、重要なことなんじゃないかと最近は思ってきた。

そう考えると、今度は現実世界でも、人の話をあまり聞かない傾向が自分にあるのではないかという気もしてきた。
人の考えを傾聴し、受け入れるということをあまりしてきていなかったように思える。

最近は封印していたビジネス書に手を出し始めたことにより、読みたい本が増えてきた。本をたくさん読んでいるうちに、実際に人の話を聞く姿勢にも変化が出てくるとよいのだが。

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そうすると、レバレッジ・リーディングの、読むときに目的を持って必要なところを調べるように読む。というのは、話を聞くときに目的を持って聞けという意味では良さそうだが、ともすると自分の都合のいいように読み取って終わりという、人の話を最後まで聞かないようなことにもなりかねないんじゃないかという気もした。とりあえず本は最初から最後まで目を通すことにしたい。

道は開けるのか

カーネギーの道は開ける 新装版を読書中。というか、読み始めたばかり。

一番最初の一日ずつ生きよという内容を読んで、昔スヌーピーの漫画で読んだルーシーのレポートを思い出した.
一回に1日ずつ生きること。一回に7日生きてしまうとあっという間に一週間が過ぎてしまう。
という内容で、読んだときに、おー、なるほど、と思った記憶がある。

講談社+α文庫のシリーズの何かに入っていたはず。後で探してみよう。

2008年4月1日火曜日

マスターキートンを見つけた

あまり本を売る習慣が無かったのだが、いろいろとたまってきたということと、レバレッジ・リーディングに触発されて本をどんどん買ってどんどん売ろうという気持ちになってきているのもあり、いらない本をまとめてブックオフに持って行ってみた。

(正確にはレバレッジ・リーディングによれば、売れるようなきれいな状態では読んだうちに入らないというような感じなのですが、まあそれはいいとして)

で、査定をしてもらっている間に店内を見ていたら、マスターキートンを発見。懐かしい。
学生の頃ワイド版をそろえていたのだが、その後引っ越しの時に売ってしまった。
後になって、著者同士のトラブルかなにかで版権的に問題が出て、
新しく出ることが無くなってしまったとの話を聞いて、すごくもったいないと公開していたところだった。

全巻はそろっていなかったのだが、とりあえずあった分だけ買ってみた。
残りもどこかで見つかると良いけど。
っていうかブックオフとかには普通においてある紋なんでしょうか。

査定してもらった本は結局たいした金額にならず。
コンピュータ関係の本が10冊くらいあったのだが、ほとんどが古いので価格がつかないと言われた。